シネ・イーラ ── 「怒りも贔屓もなく」(タキトゥス『年代記』1巻1節)

トップ › 小話

小話歴史  4,708字

ナチ・ハンターが書いた『ダ・ヴィンチ・コード』── ヴィーゼンタールとコロンブスの「血筋」

アイヒマンを追ったことで知られるサイモン・ヴィーゼンタールは、コロンブスがユダヤ系だったと論じる本も書いていました。手紙の記号や言い回しから血筋をたどる手つきは、本人が同じ本で批判した異端審問の物差しとよく似ています。正規本の頁で確かめます。

English summary

Simon Wiesenthal, best known as a "Nazi hunter", also wrote Sails of Hope (1973), a book on Columbus and the Jews. Checking the Macmillan edition page by page, we find that he never states outright that Columbus was Jewish ("I cannot and will not decide", p.139), yet he leans heavily that way, reading Jewish origin from a phrase, a marginal sign and the Uffizi portrait. Ironically, on p.34 he himself criticises the Dominicans' "twenty rules" for recognising Jews by "habits, phraseology, and physiognomy". Where the book does come close to certainty is the purpose of the voyage, not Columbus's descent.

この記事の確認度:◎×18 △×2 印の意味

サイモン・ヴィーゼンタール(1908〜2005)といえば、アイヒマンやトレブリンカの所長シュタングルを追った「ナチ・ハンター」として知られています。その人が1973年、まったく毛色の違う本を英語で出しています。題は『Sails of Hope: The Secret Mission of Christopher Columbus』(希望の帆 ── クリストファー・コロンブスの秘密の使命)1。コロンブスとユダヤ人の関係を論じた本です。◎

あらすじを一行で言えば、こうです。1492年8月2日の真夜中は、スペインのユダヤ人に出された追放の期限だった。コロンブスの船団は、その翌朝に出航している。これは偶然なのか。

この本を読んでいると、どこかで見た手つきだと感じます。手紙の隅の記号、署名の三角形、書き込みの年号。そこから隠された血筋へたどり着く。ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』と同じ読み方です。

本人は「決めない」と書いている

最初に、公平のために書いておきます。ヴィーゼンタールは、コロンブスがユダヤ系だと言い切ってはいません。

出自を論じた第III章の結びで、本人はこう書いています。

"I cannot and will not decide in favor of one or the other of the two nations that have been bickering for centuries over their claim to the great discoverer."2

(何世紀も「わが国の人だ」と言い争ってきた二つの国の、どちらかに軍配を上げることは、私にはできないし、するつもりもない)◎

コロンブスがスペイン人かイタリア人かは決めない、ということです。その上で、「スペイン人なら、マラーノ(改宗を強いられたユダヤ人)の家系だと考える十分な理由がある。イタリア人であっても、ユダヤ系の可能性は排除されない」と続けます。そして、出生地の問題は今ある史料では決着できない、と締めています2。◎

ヴィーゼンタールに聞き取りをして伝記を書いたヘラ・ピックも、「本を書いたとき、彼はこの問いを開いたままにした(he left the question open)」と書いています3。◎

ですから、「ヴィーゼンタールはコロンブスをユダヤ人と断じた」と書けば、それは言い過ぎになります。

ただし、傾きははっきりしている

決めないと言いながら、本の傾きははっきりしています。

  • ユダヤ系説には「a great many bits of evidence(数多くの証拠)」がある、と書きます(p.108)4。◎
  • 手紙の記号をヘブライ文字の略号(ベート・ヘー)と読む説に、「同意する用意があった」と書きます(p.127)。十字架の印さえ、マラーノが身を守るために掲げる「shielding shibboleth(盾としての合言葉)」だったかもしれない、と読みます5。◎
  • ナチの時代に、キリスト教徒のふりをして生き延びたユダヤ人に会ってきた経験を書きます。そうした人たちは十字架を身につけ、教会に通い、信心深さを見せていた。コロンブスはその人たちと「似ていると感じずにはいられなかった」と書いています(pp.137〜138)6。◎

どれも「証明」ではなく、「傾き」です。ただ、読み終えた人に残るのは「たぶんユダヤ系なのだろう」という印象です。

物差しは、異端審問のものだった

おもしろいのは、ヴィーゼンタールが使った物差しです。

本の前半で、彼は異端審問の時代のスペインを描いています。改宗した元ユダヤ人(マラーノ)を見つけ出すために、ドミニコ会は「ユダヤ人を見分ける20の規則」を作った。規則が見ていたのは「habits, phraseology, and physiognomy(習慣、言い回し、顔立ち)」だった、と書きます(p.34)7。◎

そして、すぐに続けてこう書きます。スペインはケルト人、イベリア人、ローマ人、フェニキア人、バスク人、ヴァンダル人、西ゴート人、ユダヤ人、アラブ人が混じり合った土地で、見た目でユダヤ人を見分けるのは決して簡単ではなかった、と7。◎

ここまでは、迫害する側の物差しを批判する書きぶりです。ところが、第III章でコロンブスを論じるときには、同じ三つの物差しを持ち出します。

  • 言い回し:コロンブスはエルサレムの第二神殿を「Casa secunda(第二の家)」と呼んでいる。この呼び方は「典型的にユダヤ的で、ユダヤ人でない者は使わない(non-Jews do not use it)」(p.107)8。根拠は示していません。◎
  • 顔立ち:最古とされるウフィツィ美術館の肖像は、コロンブスを「somewhat Semitic features(いくらかセム的な顔立ち)」で描いている(p.100)9。もっとも、すぐ後に「本当にコロンブスを描いたものだという保証はない」と自分で断っています。◎
  • 習慣:コロンブスは信仰を人一倍「くどいほど」口にした。その振る舞いは「マラーノのそれに似ている」と書きます(p.120)。称号や紋章へのこだわりも、身の上の不安の表れとして読みます(pp.121〜122)10。◎

ドミニコ会が「この人はユダヤ人か」を探った三つの物差しを、向きを逆にして、コロンブスに当てているわけです。追われた側の歴史を書く本が、追う側の道具で血筋を読んでいる。ナチ・ハンターが、ここでは異端審問官の手つきになっています。

公平のために言えば、ヴィーゼンタール自身が途中で手を止めた箇所もあります。「コロンブスは金に執着した、だからユダヤ的だ」という説については、「それなら、金に取りつかれた同時代のほかの人物も、みなユダヤ系ということになる」と退けています(p.134)11。◎ 自分の物差しの危うさに、まったく気づいていなかったわけではありません。

言い切っているのは「使命」の方

では、この本は何を言い切っているのか。出自ではなく、航海の目的の方です。

コロンブスは、ヘブライ語の通訳ルイス・デ・トレスを船に乗せていました。ヴィーゼンタールはこう書きます。

"Why did Columbus take an interpreter for Hebrew with him? Hebrew was not the language of any country in the known world. The only possible explanation must be that Columbus expected to be reaching countries in which Jews lived and governed."12

(なぜコロンブスはヘブライ語の通訳を連れて行ったのか。ヘブライ語は、知られた世界のどの国の言葉でもなかった。考えられる説明は一つしかない。コロンブスは、ユダヤ人が住み、治めている国に着くと考えていたのだ)◎

「The only possible explanation(考えられる唯一の説明)」。出自のところで「決めない」と書いた人が、ここでは一つに決めています。通訳を乗せたことは「彼が少なくとも、ヘブライ語を話す人々に出会いたいと望んでいたことを証明している(proves)」とも書いています(p.172)。エピローグの結びは「ユダヤ人の土地を探したコロンブスは、それを見つけられなかった(Columbus, searching for Jewish lands, found none)」です(p.234)13。◎

ヘブライ語は、当時のヨーロッパの学者にとって、聖書の言葉であり、東方の言葉の一つと考えられていました。アジアの宮廷に着くつもりで、アラビア語やヘブライ語のできる人を連れて行った、という読み方もできます。△ 少なくとも「唯一の説明」とまでは言えません。

同じ材料は、別の読み方もできる

ヴィーゼンタールが「隠れユダヤ」のしるしとして読んだ材料は、そのまま「熱心すぎるカトリック」のしるしとしても読めます。

コロンブスは晩年、旧約の預言を集めた『預言の書』を編み、自分の航海を神の計画の一部と考えていました。航海で得た富でエルサレムを取り戻す、という十字軍の構想も口にしています。署名の最後の行「Xpo FERENS」は「キリストを運ぶ者」と読まれ、自分の名クリストフォロスに重ねたものとされます。△

ヴィーゼンタールも、このエルサレムの構想には触れています。ただし読み方が逆で、改宗したユダヤ人の信心なら「シナイ山からキリスト教へはまっすぐの道」で、晩年のエルサレム解放への熱も説明がつく、と書いています(p.122)16。◎

同じ材料を、片方は「改宗者の本心」と読み、もう片方は「見たままの信心」と読む。後者の方が、説明に要る仮定はずっと少なくて済みます。

なお、コロンブスを改宗者の家系とする説は、ヴィーゼンタールが言い出したものではありません。スペインの歴史家サルバドール・デ・マダリアガの説として、本の中でも紹介されています。ヴィーゼンタール自身は、その説を「完全には納得できない(not fully convincing)」と書いています(p.170)14。◎

おわりに

ヴィーゼンタールは第I章の結びで、1938年のウィーンで生まれたユダヤ・ジョークを紹介しています。ヒトラーがオーストリアに入った後、一人のユダヤ人が旅行社へ移住の相談に行く。係の女性は地球儀の上で国から国へ指を走らせ、「パレスチナは閉鎖、アメリカは枠がいっぱい、イギリスはビザが難しい…」と一周して、「これで全部ね」と言う。男はあきらめたように地球儀を指して尋ねます。「地球儀はこれ一つしか無いんですか(Is this the only one you've got?)」15。◎ 逃げ場を探したユダヤ人の歴史を、新大陸の発見に重ねたかったのでしょう。

その気持ちは分かります。ただ、記録の上では、この本が言えるのは「コロンブスの周りにユダヤ人やマラーノの支援者がいた」というところまでです。血筋は「決めない」。そして、「決めない」と書いた同じ本が、異端審問の物差しで血筋を読んでいます。

邦訳は『希望の帆 ── コロンブスの夢、ユダヤ人の夢』(新曜社、1992年)として出ています。


  1. Simon Wiesenthal, Sails of Hope: The Secret Mission of Christopher Columbus, tr. Richard and Clara Winston, New York: Macmillan, 1973(原著 Segel der Hoffnung, Walter-Verlag, Olten)。扉・奥付で確認。邦訳の書誌は国立国会図書館サーチで確認。 ↩

  2. 同書 p.139。 ↩↩

  3. Hella Pick, Simon Wiesenthal: A Life in Search of Justice, Weidenfeld & Nicolson / Northeastern University Press, 1996, p.223. ↩

  4. Wiesenthal, Sails of Hope, p.108. ↩

  5. 同書 p.127。 ↩

  6. 同書 pp.137–138。 ↩

  7. 同書 p.34。 ↩↩

  8. 同書 p.107。 ↩

  9. 同書 p.100。 ↩

  10. 同書 p.120, pp.121–122。 ↩

  11. 同書 p.134。 ↩

  12. 同書 p.172。 ↩

  13. 同書 p.172, p.234。 ↩

  14. 同書 p.170。 ↩

  15. 同書 p.54。 ↩

  16. 同書 p.122。 ↩